経歴・資格

2011年 京都女子大学家政学部食物栄養学科卒業
2011年 POLA勤務
2012年 さくら鍼灸整骨院勤務
2014年 リラクゼーションサロンRELAX勤務
2016年 リラクゼーションサロンFELICITE開業
2019年 三宮もりの鍼灸治療室 開業

・厚生労働大臣認定 はり師
・厚生労働大臣認定 きゅう師
・厚生労働大臣認定 栄養士
・AEAJ認定 アロマアドバイザー

メッセージ

はじめまして。三宮もりの鍼灸治療室院長の森瀬です。
このページをご覧くださりありがとうございます。
ごあいさつを兼ねまして、私がなぜ鍼灸師を志すに至ったのか、この治療室を通じてどのようなことを目指しているのかについて、私の生い立ちや経験を交えながらご紹介したいと思います。
少々長くなりますがお付き合い下さいますと幸甚です。

【食に関わる仕事がしたい】

私は、母が管理栄養士だったということもあって、母からは「どんな食べ物を食べるか、どんな食事のとり方をするかが心や体の発達に強く影響しているのだ」と、幼いころからそれこそ耳にタコができるほどに教わり、育ちました。
母の作るバランスの取れた食事で、行きたくない授業にずる休みをすることはあっても、大きな病気をして休むようなことはありませんでした。
父は私が小学生の頃から単身赴任であったため、ほとんど片親のような状態でしたが、毎日家族で食事をとる時間がとても大切で楽しみでした。


そんな母からは、「将来は食事に関わる仕事をするのがいいよ」と繰り返し洗脳されるかのように聞かされていました(笑)

【苦しみや悩みに寄り添ってあげられる仕事がしたい】

ここからは少し辛い思い出になります。
私が中学生から高校生の頃にかけて、ひょんなことをきっかけにクラスで仲の良かったはずの友人からイジメを受けるようになりました。
漫画やドラマさながらですが、靴を隠されたり、机に花を置く、教室外に出されて放置、といった幼稚な嫌がらせから、休み時間には聞こえよがしに罵詈雑言を浴びせられたり、言ってないことやありもしない噂を流されたりしたこともありました。
 

担任の先生たちも周囲の友人だった人たちも、多くがそのような噂を信じ、周りから固めるというやり方で孤立させられていきます。他にも思い出したくないような辛い仕打ちがたくさん重なり、食事も喉を通らず、学校にもあまり行けなくなって、何度も死ぬことさえ考えるようにもなりました。世の中にはもっと辛い思いをし、苦しんでいる方もいらっしゃるかもしれません。それでも心に傷は残り、今もなくならないイジメの問題には胸を痛め、他人事と思えずにいます。

そんな中、救いもありました。
母は不登校になった私の代わりに、「すみません、明日は行きますので」と何度も謝ってくれました。悪くもないのに、頭を下げ続けてくれました。
また、別のクラスだった小学校からの親友は「学校へ行こう」と手を引いてくれました。クラスの女の子集団に囲まれた時には、涙を流しながら私を守ってくれました。
他にも、「私は皆が言っているような子だとは思えないし、嫌いじゃないよ」と二人だけになると声をかけてくれた子もいました。信じてくれている子がいるんだ、とそれだけでも本当に心が救われました。
私は最後にはとうとう怖くて全く学校に行けなくなり、遠いところへ転校してしまうことになったのですが、救いであったその親友は、その後も私が地元に帰った折には遊んでくれ、楽しい出来事や近況を聞かせてくれました。
人見知りで、なかなか沢山友人もできなかった私でしたが、ずっと味方でいてくれました。
強くて、優しくて、友達が多くて今でもずっと憧れの存在です。
今も彼女には感謝の気持ちでいっぱいで、思い出すだけで涙が溢れ出しそうになります。

不登校となっていた頃、母に連れて行ってもらった大学病院のセラピーでカウンセリングを受けました。
カウンセラーの先生の話の聞き方のおかげか、自分の中で物事に対する認知が変化し始め、気力も取り戻せてきました。
酷いイジメを受けたことから患った視線恐怖症からも少しずつ解放されていきました。

「私も人の悩みを聞いてあげられる仕事につけたらいいな。これが仕事になれば、どんなに素敵だろう。」

そう思うようにもなり、話の聞き方や心理学の本にも強く興味を持ち、学生時代には100冊以上もの児童発達心理、臨床心理学系統の本を読み漁るようになりました。
「もし悩んでいる人がいるならば、私を助けてくれた人達のように自分だけはどんな状況にあってもその人を信じてあげたい、話を聞いてあげたい、支えてあげたい。そんな存在になりたい」と強く思うようになりました。

その後、転校した先の高校では、とても素敵な先生方に巡り合うことができましたが、どの先生にも共通していたのは「一人一人の子供たちの可能性を信じる」ということでした。
とても厳しい教育で有名な学校でしたが、そこで出会った先生方をはじめ友人、先輩、後輩といった周囲のみんなのおかげでぐんぐん学力ものびていき、元気を取り戻すことができました。
一方、大学進学では、幼いころからの母の刷り込みも功を奏したのか、食物栄養学系の学科へ入ることを決めるに至りました。
また、私もいつか大人になれば、出会えた先生方のように、子供たちの力を伸ばしてあげられる仕事ができたらいいな、そのようにも思っていました。

メッセージ

はじめまして。三宮もりの鍼灸治療室院長の森瀬です。
このページをご覧くださりありがとうございます。
ごあいさつを兼ねまして、私がなぜ鍼灸師を志すに至ったのか、この治療室を通じてどのようなことを目指しているのかについて、私の生い立ちや経験を交えながらご紹介したいと思います。
少々長くなりますがお付き合い下さいますと幸甚です。


【食に関わる仕事がしたい】

私は、母が管理栄養士だったということもあって、母からは「どんな食べ物を食べるか、どんな食事のとり方をするかが心や体の発達に強く影響しているのだ」と、幼いころからそれこそ耳にタコができるほどに教わり、育ちました。
母の作るバランスの取れた食事で、行きたくない授業にずる休みをすることはあっても、大きな病気をして休むようなことはありませんでした。
父は私が小学生の頃から単身赴任であったため、ほとんど片親のような状態でしたが、毎日家族で食事をとる時間がとても大切で楽しみでした。
そんな母からは、「将来は食事に関わる仕事をするのがいいよ」と繰り返し洗脳されるかのように聞かされていました(笑)


【苦しみや悩みに
寄り添ってあげられる
仕事がしたい】


ここからは少し辛い思い出になります。
私が中学生から高校生の頃にかけて、ひょんなことをきっかけにクラスで仲の良かったはずの友人からイジメを受けるようになりました。
漫画やドラマさながらですが、靴を隠されたり、机に花を置く、教室外に出されて放置、といった幼稚な嫌がらせから、休み時間には聞こえよがしに罵詈雑言を浴びせられたり、言ってないことやありもしない噂を流されたりしたこともありました。担任の先生たちも周囲の友人だった人たちも、多くがそのような噂を信じ、周りから固めるというやり方で孤立させられていきます。
他にも思い出したくないような辛い仕打ちがたくさん重なり、食事も喉を通らず、学校にもあまり行けなくなって、何度も死ぬことさえ考えるようにもなりました。
世の中にはもっと辛い思いをし、苦しんでいる方もいらっしゃるかもしれません。
それでも心に傷は残り、今もなくならないイジメの問題には胸を痛め、他人事と思えずにいます。

そんな中、救いもありました。
母は不登校になった私の代わりに、「すみません、明日は行きますので」と何度も謝ってくれました。悪くもないのに、頭を下げ続けてくれました。
また、別のクラスだった小学校からの親友は「学校へ行こう」と手を引いてくれました。クラスの女の子集団に囲まれた時には、涙を流しながら私を守ってくれました。
 他にも、「私は皆が言っているような子だとは思えないし、嫌いじゃないよ」と二人だけになると声をかけてくれた子もいました。信じてくれている子がいるんだ、とそれだけでも本当に心が救われました。
私は最後にはとうとう怖くて全く学校に行けなくなり、遠いところへ転校してしまうことになったのですが、救いであったその親友は、その後も私が地元に帰った折には遊んでくれ、楽しい出来事や近況を聞かせてくれました。
人見知りで、なかなか沢山友人もできなかった私でしたが、ずっと味方でいてくれました。
強くて、優しくて、友達が多くて今でもずっと憧れの存在です。
今も彼女には感謝の気持ちでいっぱいで、思い出すだけで涙が溢れ出しそうになります。

不登校となっていた頃、母に連れて行ってもらった大学病院のセラピーでカウンセリングを受けました。
カウンセラーの先生の話の聞き方のおかげか、自分の中で物事に対する認知が変化し始め、気力も取り戻せてきました。
酷いイジメを受けたことから患った視線恐怖症からも少しずつ解放されていきました。
「私も人の悩みを聞いてあげられる仕事につけたらいいな。これが仕事になれば、どんなに素敵だろう。」
そう思うようにもなり、話の聞き方や心理学の本にも強く興味を持ち、学生時代には100冊以上もの児童発達心理、臨床心理学系統の本を読み漁るようになりました。
「もし悩んでいる人がいるならば、私を助けてくれた人達のように自分だけはどんな状況にあってもその人を信じてあげたい、話を聞いてあげたい、支えてあげたい。そんな存在になりたい」と強く思うようになりました。

その後、転校した先の高校では、とても素敵な先生方に巡り合うことができましたが、どの先生にも共通していたのは「一人一人の子供たちの可能性を信じる」ということでした。
とても厳しい教育で有名な学校でしたが、そこで出会った先生方をはじめ友人、先輩、後輩といった周囲のみんなのおかげでぐんぐん学力ものびていき、元気を取り戻すことができました。
一方、大学進学では、幼いころからの母の刷り込みも功を奏したのか、食物栄養学系の学科へ入ることを決めるに至りました。
また、私もいつか大人になれば、出会えた先生方のように、子供たちの力を伸ばしてあげられる仕事ができたらいいな、そのようにも思っていました。

【人を健康に、綺麗にできる仕事がしたい】

大学入学後は、食物栄養学の学修を通じて得られた知識の実践に加えて、体験で受けたエステのリンパマッサージを見よう見まねで活かしながら、私自身が上手くダイエットに成功した経験もあり、それを人に広めてみたい、そう思うようにもなりました。
しかし、就職も控えていたこの時点では、まだまだ夢がはっきりとは定まっておらず、ぼんやりとした考えで食品系や美容系の企業の面接を受けていたのですが、どの企業も自分のやりたいこととは上手く合致せず、いざ面接となっても何も話せないのです。

当然、面接には落ち続けてしまいます。
やりたいことではないので、志望動機さえまともに書けずに悩んだ私は、いったん地元に帰り大学時代に経験のあった歯科医院での仕事を続けながらお金を貯め、再び上京して、興味のあったエステ等マッサージ関連の仕事に就くことにしました。

そこでのお仕事では、非常にたくさんのことを教わりました。お客さまの肌に触れるには細心の注意を払って触れる必要があること、ちょっとした摩擦でも顔の皮膚に限っては肌がたるんでしまう危険性もあること。
とりわけ研修で衝撃を受けたのは双子のおばあさんの写真でした。
長年正しいマッサージを受けてきたおばあさんと何もしなかったおばあさん、明らかに肌のハリ、たるみ方が違うのです。
メンテナンスを続けてこられた方のおばあさんはそうでない方と比べて、主観ですが見た目20歳ほどの差がついていました。
美容を追求するエステの技術はここまで凄いのだと感動を覚えました。
そうしているうちに、体のことや筋肉のことをもっと学びたい。
そう思い、整骨院でも働くことにしました。
その頃に一から仕事を教えてくださった先生は新米の鍼灸師になりたての方でしたが、「鍼灸は骨折や重病の方でも出来る万能な治療だ。果てしない可能性があるんだよ。」キラキラした目でそうおっしゃっていたのが心に残りました。
 整骨院で一通りの学びを得た後、今度はおもてなしや、人を癒す手の作り方を学びたいと思い、リラクゼーションサロンでも働きはじめました。
しかし、そのサロンに限らず、どの勤務先においてもそうなのですが、全国チェーン店では手法が確立されており、技術を統一化することの徹底と、来院される方に比較的多くいらっしゃる高血圧の方、妊婦様などは総じてお断りする、とのマニュアルがありました。
なんらかの疾患をお持ちの方はおろか、その人それぞれのお悩みに合わせた治療を施すことができませんでした。
根本的な治療はもちろん出来ません。
辛い状況にある方こそその方に合った効果的な施術を受けたいはずなのに、どうしてこんなに自分は無力なのだろう。
少しでも楽にしてあげることすらできないのだろう。
そのような忸怩たる思いを抱いていました。
そんなある日、常連様だったお客さまがパッタリと来られなくなったことがあり、その後街で偶然出会ったときに近況をお尋ねすると、「最近、鍼灸に通い始めたんだけど、肩が凝ること自体がほとんど無くなって。他にも体のいろんなところが良くなってね。でも、また肩が凝ったら行きますよ」と、それまで見たこともない朗らかな笑顔でおっしゃったのを聞き、鍼灸にはそんな力があるのか、と非常に驚き、関心を持つようになりました。

【美容鍼での美容以外の症状の改善の体験から】

そんなとき、当時ファンだった神戸の読者モデルの女の子がオススメの美容鍼を、私も美容目的で受けに行くことがありました。
そこはエステティシャンさんと鍼灸師さんのお二人で経営されていたサロンで、かなり自宅からも遠く、料金も2万円強とややや高額だったのですが、効果は抜群で、とても小顔で美肌になれた上に、悩んでいた不眠症や不安症、倦怠感、毎年冬に起こっていた鬱症状などもとても軽くなりました。
半年間、一か月に一度通うという頻度の治療でしたが、全体的な体調も良くなり、体をメンテナンスすることでこんなにも心の状態も変わるのだということを、身をもって実感しました。
そのサロンはある日突然無くなってしまったのですが、あんなサロンを私もいつか開けたらいいな。
そんなことを考えるようにもなったのです。

【人を健康に、
綺麗にできる仕事がしたい】


大学入学後は、食物栄養学の学修を通じて得られた知識の実践に加えて、体験で受けたエステのリンパマッサージを見よう見まねで活かしながら、私自身が上手くダイエットに成功した経験もあり、それを人に広めてみたい、そう思うようにもなりました。
しかし、就職も控えていたこの時点では、まだまだ夢がはっきりとは定まっておらず、ぼんやりとした考えで食品系や美容系の企業の面接を受けていたのですが、どの企業も自分のやりたいこととは上手く合致せず、いざ面接となっても何も話せないのです。
当然、面接には落ち続けてしまいます。
やりたいことではないので、志望動機さえまともに書けずに悩んだ私は、いったん地元に帰り大学時代に経験のあった歯科医院での仕事を続けながらお金を貯め、再び上京して、興味のあったエステ等マッサージ関連の仕事に就くことにしました。

そこでのお仕事では、非常にたくさんのことを教わりました。
お客さまの肌に触れるには細心の注意を払って触れる必要があること、ちょっとした摩擦でも顔の皮膚に限っては肌がたるんでしまう危険性もあること。
とりわけ研修で衝撃を受けたのは双子のおばあさんの写真でした。
長年正しいマッサージを受けてきたおばあさんと何もしなかったおばあさん、明らかに肌のハリ、たるみ方が違うのです。
メンテナンスを続けてこられた方のおばあさんはそうでない方と比べて、主観ですが見た目20歳ほどの差がついていました。美容を追求するエステの技術はここまで凄いのだと感動を覚えました。
そうしているうちに、体のことや筋肉のことをもっと学びたい。
そう思い、整骨院でも働くことにしました。
その頃に一から仕事を教えてくださった先生は新米の鍼灸師になりたての方でしたが、「鍼灸は骨折や重病の方でも出来る万能な治療だ。果てしない可能性があるんだよ。」キラキラした目でそうおっしゃっていたのが心に残りました。
 整骨院で一通りの学びを得た後、今度はおもてなしや、人を癒す手の作り方を学びたいと思い、リラクゼーションサロンでも働きはじめました。
しかし、そのサロンに限らず、どの勤務先においてもそうなのですが、全国チェーン店では手法が確立されており、技術を統一化することの徹底と、来院される方に比較的多くいらっしゃる高血圧の方、妊婦様などは総じてお断りする、とのマニュアルがありました。
なんらかの疾患をお持ちの方はおろか、その人それぞれのお悩みに合わせた治療を施すことができませんでした。
根本的な治療はもちろん出来ません。
辛い状況にある方こそその方に合った効果的な施術を受けたいはずなのに、どうしてこんなに自分は無力なのだろう。
少しでも楽にしてあげることすらできないのだろう。そのような忸怩たる思いを抱いていました。

そんなある日、常連様だったお客さまがパッタリと来られなくなったことがあり、その後街で偶然出会ったときに近況をお尋ねすると、「最近、鍼灸に通い始めたんだけど、肩が凝ること自体がほとんど無くなって。他にも体のいろんなところが良くなってね。でも、また肩が凝ったら行きますよ」と、それまで見たこともない朗らかな笑顔でおっしゃったのを聞き、鍼灸にはそんな力があるのか、と非常に驚き、関心を持つようになりました。

【美容鍼での美容以外の症状の改善の体験から】

そんなとき、当時ファンだった神戸の読者モデルの女の子がオススメの美容鍼を、私も美容目的で受けに行くことがありました。
そこはエステティシャンさんと鍼灸師さんのお二人で経営されていたサロンで、かなり自宅からも遠く、料金も2万円強と高額だったのですが、効果はバツグンで、とても小顔で美肌になれた上に、悩んでいた不眠症や不安症、倦怠感、毎年冬に起こっていた鬱症状などもとても軽くなりました。
半年間、一か月に一度通うという頻度の治療でしたが、全体的な体調も良くなり、体をメンテナンスすることでこんなにも心の状態も変わるのだということを、身をもって実感しました。
そのサロンはある日突然無くなってしまったのですが、あんなサロンを私もいつか開けたらいいな。そんなことを考えるようにもなったのです。


【鍼灸の専門学校での
腰痛の完治の経験から】


そしていよいよ、まだ未知な部分も多い鍼灸について真剣に勉強してみたいと考え、専門学校へ行くことを決意します。
しかし、当時専門学校の学費を払う金銭的余裕もなかったこともあり、小さなスペースを借り、自身でリラクゼーションサロンを開業することにしました。それまで貯めたお金を切り崩しながら毎日休む間もなく働き、専門学校に通う日々。

あまりの疲労と体中の痛みに悩んで、学内の治療院で何度も治療を受けたのですが、鍼で頑固な痛みが取れること、しかも鍼でバランスを整えることでその効果を持続させることができることを知りました。
リラクゼーションサロン時代にマッサージのやり合いで痛めた腰痛がこの時、はじめてスッキリと治ってしまったことには、本当に感動しました。
マッサージに行って軽くなっても、次の日には復活してしまっていた腰痛が全く感じない!なくなった!と実感でき、正に奇跡だと思えました。

そのように鍼灸の世界へ憧憬は深くなっていく一方でしたが、しかしまだ、その頃は知識やスキルも乏しく、鍼をうまく刺すことの難しさから少し逃げ腰で、卒業してもそのままリラクゼーションサロンを続けよう。このままでいいや。そんな風に躊躇している私もいたのです。


【原因不明の疾患をも
治療できる鍼灸と
中国研修旅行での感動、
そして開院へ】


そんな中、知識を深めるためにも、と夏休み期間中に中国に鍼と解剖の研修旅行に行った先で、新たな世界を目の当たりにしたのです。
鍼灸の本場である中国において、鮮やかな手さばきで鍼を打つ先生方、難病と鍼一本で立ち向かう先生方、漢方のみで日本では難しいとされる病気と闘う先生方。
そんな最高の治療を普通に病院で受けられる環境。
西洋医学崇拝の日本では考えられない光景でした。
こんな世界があったのかと改めて衝撃を受けました。

この経験で、中国に対するイメージも、鍼灸に対するイメージも180度変わります。
中国で教わった推拿の技術もエステに活かせたら。
鍼灸もマッサージも一緒に出来たらこれってすごいことなんじゃないか。
そうしてふと、これまで体験してきたすべての出来事と、自分がずっとしたいと募らせてきた想い、知識が一本の線で繋がったことに興奮を覚えながら閃きます。

「美しさを追求するエステ、心と体を癒すリラクゼーション、そして医療のエッセンスである鍼灸を加えアロマが香り、ヒーリングミュージックの流れる癒やしの空間でお客様に最高の美容鍼灸・治療鍼灸の施術をしたい!」と。

目指したい姿が明確となり、そこからは失いかけていた鍼灸、東洋医学への情熱が再燃し、それこそ寝食を忘れるほど勉強に取り組む中で、毎日新しく得られる知識と知識が繋がる感動の連続。
退屈したことは一度もありませんでした。
自分が鍼灸院を開業したらどんな施術をしたいか?どうしたら患者さまにより楽になっていただけるのか?どうすれば確実な技術を提供できるのか?といったことも考えながら、ひたすら自宅と学校と職場を行き来し、迷うことなく突き進んできました。

こうして専門学校の3年間、みっちりしごかれ、無事に鍼灸師の国家資格も取得。晴れて、「三宮もりの鍼灸治療室」を開院させて頂く運びとなりました。

当院は、私の大好きな街、神戸のJR・阪神元町駅すぐの立地で、平日は21時まで営業しております。
これは鍼灸院ではなくもともとのリラクゼーションサロンを開業した当時からの理念ではございますが、オフィスで働く皆様や、看護師さんや同業のセラピストさんなどハードワークのお仕事の方にも、気軽に癒しの空間として活用して頂きたいという思いからです。

また、鍼灸院には珍しく完全個室の1ベッドです。
これは、お迎えからお見送りまで誰にも邪魔されることなく心からリラックスし、お悩み事を存分に話せる空間を作りたい、という思いからです。
女性のお客様には、美顔やアンチエイジングなど美容鍼灸だけでなく女性鍼灸師だから話せるこころとからだのお悩みを安心して相談頂ける場所として。
一方、男性のお客様には、クイックマッサージでは解消しない高度な治療場所として。
またリフトアップやシミ・クスミ、育毛対策など少し気恥ずかしくてエステサロンには行けない方でも、気軽に日々の治療と合わせて施術をお受け頂けるサロンとして当院をご活用いただければ幸いです。


【最後に】


まだまだ鍼灸の有効性は世間には浸透しきっておりません。
鍼灸は腰痛症や五十肩、ムチウチなどの外科的なことだけではなく、生理痛や、リウマチ、うつ、咳、風邪、腰痛、めまい、耳鳴り、頭痛などの内科的な症状や、東洋医学よりも後に作られた西洋医学ではまだ治療法が確立されていない原因不明の疾患や、慢性の不定愁訴にも対応する力をも持っています。
中国・韓国・台湾などでは東洋医学と西洋医学の医師が共に患者様にとって、よりよい治療方針を決定しています。
それにも拘わらず、日本で鍼灸院を利用される方は年間僅か5%程度と低い水準です。
この点で、まだまだ医療に関して日本はまだまだなのではないかと感じております。
また、「痛いんじゃないの?」「やったことないけど本当に効くの?」と、鍼灸に対する認識もまだ充分なものではありません。
ですが、私はこれを変えたいと思っています。
西洋医学、東洋医学双方の良いところを理解するものとして、鍼を扱うものと薬・メスを扱うものが手を取り合い、他国のように、患者さまにとってより良い未来をつくるために相互補完できる国を作るための懸け橋となっていければ、と考えております。

さて長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございます。
色々な方に支えられて今の私があります。
失敗したことも、辛かったことも、うれしかったことも、私と出会ってくださった皆さんが掛けてくれた言葉、していただいたことの全てが私の中でもっとやれる、もっと出来ることがある、と心を突き動かす原動力となっています。お客さま、患者さまに喜んでいただくため、感動する顔や笑顔を見たいがために院を続けていくことが出来ています。
そしてこれを読んでいただいている、まだお会いしていないあなたにもお伝えしたい。

 今がどんなに辛くても、今はあなたの人生の、ある一点でしかありません。今日を乗り越えれば、明日は今日より楽しいことがあり、明日を乗り越えれば、明後日はもっと良くなるはずです。あなたは、ご家族、ご友人はもちろん、これから将来あなたが出会って幸せにするべき人たちにとって大切な人です。

悩んでいることがあるなら、一度お話に来てください。周りに悩んでいる人がいるなら、引きずってでも連れてきてください。あなたがお話に来てくださり、頼ってくださることがうれしいのです。一人で悩まず、困ったときは私で良ければ一緒に悩ませてください。

あなたが元気になれば、あなた自身が周りの人たちを元気にしてあげられます。そうして今度はその人たちがその周りの人たちを元気にしてくれます。そうして、幸せが広がっていくことを嬉しく思います。
今悩めるあなたにお会いできる日を信じて、いつもここでお待ちしております。

三宮もりの鍼灸治療室
院長 森瀬 美由紀

経歴・資格

2011年 京都女子大学家政学部食物栄養学科卒業
2011年 POLA勤務
2012年 さくら鍼灸整骨院勤務
2014年 リラクゼーションサロンRELAX勤務
2016年 リラクゼーションサロンFELICITE開業
2019年 三宮もりの鍼灸治療室 開業

・厚生労働大臣認定 はり師
・厚生労働大臣認定 きゅう師
・厚生労働大臣認定 栄養士
・AEAJ認定 アロマアドバイザー

【鍼灸の専門学校での腰痛の完治の経験から】

そしていよいよ、まだ未知な部分も多い鍼灸について真剣に勉強してみたいと考え、専門学校へ行くことを決意します。
しかし、当時専門学校の学費を払う金銭的余裕もなかったこともあり、小さなスペースを借り、自身でリラクゼーションサロンを開業することにしました。

それまで貯めたお金を切り崩しながら毎日休む間もなく働き、専門学校に通う日々。
あまりの疲労と体中の痛みに悩んで、学内の治療院で何度も治療を受けたのですが、鍼で頑固な痛みが取れること、しかも鍼でバランスを整えることでその効果を持続させることができることを知りました。
リラクゼーションサロン時代にマッサージのやり合いで痛めた腰痛がこの時、はじめてスッキリと治ってしまったことには、本当に感動しました。
マッサージに行って軽くなっても、次の日には復活してしまっていた腰痛が全く感じない!なくなった!と実感でき、正に奇跡だと思えました。
そのように鍼灸の世界へ憧憬は深くなっていく一方でしたが、しかしまだ、その頃は知識やスキルも乏しく、鍼をうまく刺すことの難しさから少し逃げ腰で、卒業してもそのままリラクゼーションサロンを続けよう。
このままでいいや。そんな風に躊躇している私もいたのです。

【原因不明の疾患をも治療できる鍼灸と
中国研修旅行での感動、そして開院へ】

そんな中、知識を深めるためにも、と夏休み期間中に中国に鍼と解剖の研修旅行に行った先で、新たな世界を目の当たりにしたのです。
鍼灸の本場である中国において、鮮やかな手さばきで鍼を打つ先生方、難病と鍼一本で立ち向かう先生方、漢方のみで日本では難しいとされる病気と闘う先生方。そんな最高の治療を普通に病院で受けられる環境。西洋医学崇拝の日本では考えられない光景でした。こんな世界があったのかと改めて衝撃を受けました。

この経験で、中国に対するイメージも、鍼灸に対するイメージも180度変わります。
中国で教わった推拿の技術もエステに活かせたら。鍼灸もマッサージも一緒に出来たらこれってすごいことなんじゃないか。
そうしてふと、これまで体験してきたすべての出来事と、自分がずっとしたいと募らせてきた想い、知識が一本の線で繋がったことに興奮を覚えながら閃きます。

「美しさを追求するエステ、心と体を癒すリラクゼーション、そして医療のエッセンスである鍼灸を加えアロマが香り、ヒーリングミュージックの流れる癒やしの空間でお客様に最高の美容鍼灸・治療鍼灸の施術をしたい!」と。

目指したい姿が明確となり、そこからは失いかけていた鍼灸、東洋医学への情熱が再燃し、それこそ寝食を忘れるほど勉強に取り組む中で、毎日新しく得られる知識と知識が繋がる感動の連続。退屈したことは一度もありませんでした。

自分が鍼灸院を開業したらどんな施術をしたいか?どうしたら患者さまにより楽になっていただけるのか?どうすれば確実な技術を提供できるのか?といったことも考えながら、ひたすら自宅と学校と職場を行き来し、迷うことなく突き進んできました。
こうして専門学校の3年間、みっちりしごかれ、無事に鍼灸師の国家資格も取得。
晴れて、「三宮もりの鍼灸治療室」を開院させて頂く運びとなりました。

オシャレで、人に熱く、開放的。 当院は私のこの大好きな街、神戸のJR・阪神元町駅すぐの立地にございます。平日は21時まで診察しております。
これは鍼灸院ではなくもともとのリラクゼーションサロンを開業した当時からの理念ではございますが、オフィスで働く皆様や、看護師さんや同業のセラピストさんなどハードワークのお仕事の方にも、気軽に癒しの空間として活用して頂きたいという思いからです。

 また、鍼灸院には珍しく完全個室の1ベッドです。
これは、お迎えからお見送りまで誰にも邪魔されることなく心からリラックスし、お悩み事を存分に話せる空間を作りたい、という思いからです。

 

女性のお客様には、美顔やアンチエイジングなど美容鍼灸だけでなく女性鍼灸師だから話せるこころとからだのお悩みを安心して相談頂ける場所として。 一方、男性のお客様には、クイックマッサージでは解消しない高度な治療場所として。またリフトアップやシミ・クスミ、育毛対策など少し気恥ずかしくてエステサロンには行けない方でも、気軽に日々の治療と合わせて施術をお受け頂けるサロンとして当院をご活用いただければ幸いです。

【最後に】

まだまだ鍼灸の有効性は世間には浸透しきっておりません。
鍼灸は腰痛症や五十肩、ムチウチなどの外科的なことだけではなく、生理痛や、リウマチ、うつ、咳、風邪、腰痛、めまい、耳鳴り、頭痛などの内科的な症状や、東洋医学よりも後に作られた西洋医学ではまだ治療法が確立されていない原因不明の疾患や、慢性の不定愁訴にも対応する力をも持っています。
中国・韓国・台湾などでは東洋医学と西洋医学の医師が共に患者様にとって、よりよい治療方針を決定しています。
それにも拘わらず、日本で鍼灸院を利用される方は年間僅か5%程度と低い水準です。
この点で、まだまだ医療に関して日本はまだまだなのではないかと感じております。

また、「痛いんじゃないの?」「やったことないけど本当に効くの?」と、鍼灸に対する認識もまだ充分なものではありません。
ですが、私はこれを変えたいと思っています。
西洋医学、東洋医学双方の良いところを理解するものとして、鍼を扱うものと薬・メスを扱うものが手を取り合い、他国のように、患者さまにとってより良い未来をつくるために相互補完できる国を作るための懸け橋となっていければ、と考えております。

さて長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございます。
色々な方に支えられて今の私があります。
失敗したことも、辛かったことも、うれしかったことも、私と出会ってくださった皆さんが掛けてくれた言葉、していただいたことの全てが私の中でもっとやれる、もっと出来ることがある、と心を突き動かす原動力となっています。
お客さま、患者さまに喜んでいただくため、感動する顔や笑顔を見たいがために院を続けていくことが出来ています。
そしてこれを読んでいただいている、まだお会いしていないあなたにもお伝えしたい。

 今がどんなに辛くても、今はあなたの人生の、ある一点でしかありません。今日を乗り越えれば、明日は今日より楽しいことがあり、明日を乗り越えれば、明後日はもっと良くなるはずです。
あなたは、ご家族、ご友人はもちろん、これから将来あなたが出会って幸せにするべき人たちにとって大切な人です。
悩んでいることがあるなら、一度お話に来てください。
周りに悩んでいる人がいるなら、引きずってでも連れてきてください。
あなたがお話に来てくださり、頼ってくださることがうれしいのです。
一人で悩まず、困ったときは私で良ければ一緒に悩ませてください。
あなたが元気になれば、あなた自身が周りの人たちを元気にしてあげられます。
そうして今度はその人たちがその周りの人たちを元気にしてくれます。
そうして、幸せが広がっていくことを嬉しく思います。

今悩めるあなたにお会いできる日を信じて、いつもここでお待ちしております。


三宮もりの鍼灸治療室
院長 森瀬 美由紀